「100人の社長を創る」|アンビシャス創業の原点

「100人の社長を創る」|アンビシャス創業の原点

前回は、石垣島での読書を通じて「正しい考え方」という一生の土台を手に入れるまでをお話ししました。

今回は、その土台の上に生まれた「100人の社長を創る」という志。なぜ”人”を創ることが私の社会貢献なのか、なぜ”社長”でなければいけないのか、その原点をお話しします。

人を創ることが、私の社会貢献 

この時期、本を読みながら自分を振り返り「私は何で社会に貢献できるのか」について真剣に考えました。

私は、パナソニックの創業者である松下幸之助さんのように、画期的な電化製品を発明できるわけではありません。AppleやMicrosoftの創業者のように、IT機器を生み出したり、ITインフラで世界を変えることができるわけでもありません。

では、私にできることは何か。

行き着いた答えは、「”人”であれば、私にも創れる」ということでした。

そして「正しい考え方を持った人を、一人でも多く創る」と、決意しました。

このように言うと「では、”人”を創る=なぜ”社長”じゃなければいけないんですか?」という疑問を持つ方もいるかもしれませんね。

社長を創る理由、それは、人が一番成長するのは「社長」という役割を担った時だと、私が身をもって実感しているからです。

もちろん、「いち社員という立場では成長しない」と言いたいわけではありません。

色んな立場や役割の人がいて、その中で各々が、正しい考え方で一生懸命働くことで、自己実現や社会貢献ができます。

ただその中でも、社長という立場は、道なき道を歩み、切り開き、自分で判断し、すべての責任を己が取り、その中で結果を出していく役割です。

後ろには誰もおらず、自分が最終決定者として、決断し、行動し続けなければならない。 その役割を担い、覚悟を持って事に向かう時に、人は一番成長します。

これは私自身が身をもって学んだことでした。

そしてもう1つ。 

私が以前読んだ帝王学・中国古典の本には、次のような教えが書かれていました。

「流れる水が澄んでいるか濁っているかは、源流のよしあしにかかっている。君主(社長・幹部)が自らペテンを使いながら、臣下(社員)にまっとうなことを期待するのは、濁った源流をそのままにして水が澄むのを望むようなものであり、どだい無理な話である」

「君主たるものは、何よりもまず自らの姿勢を正す必要がある。いまだかつて、体が真っ直ぐに立っているのに影が曲がって映ったり、君主が立派な政治(理念経営・マネジメント)を行っているのに、人民(社員)がでたらめであったりしたという話は聞いたことがない」

 

トップの考え方が組織に与える影響は、あまりにも大きい。 であれば、正しい考え方を持った社長を一人でも多く世の中に送り出すことこそが、自分にできる最大の社会貢献になる。

そう確信し、私は残りの人生をかけて、 「100人の社長を創ること」を決意しました。

 

ーー「100人の社長を創る」という志は定まりました。では、それを実現するためにどんな組織をつくればいいのか。

次回は、ネクストジャパン時代の教訓から導き出した「少数精鋭の会社を100個創る」という発想についてお話しします。


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