前回は、私の幼少期から高校入学まで—商売人の家庭に育ちながらも家業が傾き、「自分で稼がないかん」と決意するまでのお話をしました。
今回は、その決意のもと始まったアルバイト生活についてです。朝4時半起きのパン屋から始まった、怒涛の日々をお伝えします。
始まりは、パン屋のアルバイトから

当時、高校生を雇ってくれるアルバイト先は限られていました。
最初に雇ってくれたのは、祖父の友人が経営していたパン屋さん。「田中のおじいさんのお孫さんかいな」と採用してもらい、朝4時半から8時まで働きました。
そしてアルバイトが終わったら、学校に行く。
そんな生活が始まりました。
しばらくすると、そのパン屋の社長から「お前、結構使い物になるな!ほな、もっと忙しいお店で働いてくれ!」と言われ、系列店の24時間営業のサンドイッチハウスに異動。
ところが、その店長はとても意地悪な人でした(笑)。
「これは明日の早朝にたくさん売れるから、たくさん仕込んどいて!」と言われたので、夜中まで働いて仕込んでおいたところ、翌朝、「お前こんなに仕込んで、売れ残ったらどうするんや!」と怒られる。
そんな理不尽をたくさん経験しました。
周りの社員さんたちは「あの店長、意地悪やから気にすんなよ」と声かけしてくれていましたが、半年ほど我慢した末に、ついに堪忍袋の緒が切れ…
店長に啖呵を切って辞めてしまいました。
その事の次第をパン屋のおじさんに伝えたところ、「田中君、頼むから辞めんといてくれ。ほな、次はケーキ屋さんで働いてくれへんか?」と言われ、次はケーキ屋で働くことに。
短期間にお店を転々とすることになりましたが、なにせお金が必要でしたから、どのような形であっても働けることは、私にとっては有り難いことでした。
当時、ケーキは高級品で、お金のない我が家では当然買ってもらう機会はありませんでした。
そこで店長に「この余った生クリーム、食べてもいいですか?」と聞くと、「どうせ捨てるだけやから、食べてええで」と言ってもらい、毎日のように余った生クリームをほおばる日々。
当時は「こんな天国のような幸せな仕事があるのか…!」と思いました。
ところが、毎日生クリームを食べ続けること半年。
朝、シャッターを開けた瞬間、店から漂う甘い匂いに、私は吐き気をもよおすようになってしまったのです(笑)。
嘘みたいなホントの話です。
そして、社長に「すみません、クリームの甘い匂いに吐きそうになってしまったので、バイトを辞めます」と伝えると、「やっぱりお前、おもろいなー」と笑われ、今度はドーナツハウスに異動となりました。
「学校を辞めます!」と即答した日
ところが、このアルバイトには大きな問題がありました。
私の通う高校の校則では、本来アルバイトは禁止。
そこで私は学校に内緒でアルバイトをしていたのですが、高校2年生のある日、とうとう先生にアルバイトをしていることがバレてしまいました。
すぐに呼び出され、「田中くん、学校を辞めるか、バイトを辞めるか、どちらか選びなさい!」と叱られた私。
その瞬間、こう即答しました。
「わかりました、では学校を辞めます!」
思いもよらぬ回答に先生もびっくりです(笑)。
でも、私にとっては、学校に行くよりも社会経験を積めるアルバイトのほうが面白かったので、学校にはなんら未練はありませんでした。
ところが母親はそれを知って大慌て。
「正、頼むから高校だけは卒業して。あなたはスーツを着て、ちゃんとした会社に勤める会社員の道を進みなさい!」
母親からあまりに強く言われたので、ドーナツ屋のバイトは一旦辞めて、しぶしぶ高校に通い続けることに。
そしてほとぼりが冷めた頃、学校から少し距離のある喫茶店で夜にアルバイトをスタート。冬と夏は郵便局の短期バイトも掛け持ちしながら、高校時代は学費も服代も遊び代も、すべて自分で稼ぎました。
そして学校では、好きな先生の授業はしっかり勉強して良い成績を取りましたが、興味のない授業は白紙で答案を出していました(笑)。
こうして振り返ると、やはり私はあまり会社員向きの性分ではなかったのかもしれませんね。
ーーそして高校を卒業してからの私は、働く面白さに目覚め、ますます仕事にのめり込んでいくことになります。
次回は、実家を失い、そこから水泳のコーチとして新たな夢を見つけるまでのお話です。