前回は、アンビシャスを離れた理由と、ビジネスの世界に戻らないための「3つの条件」についてお話ししました。
今回は、その3つの条件がすべて揃ってしまった運命的な出来事。谷間先生からの連絡をきっかけに、関門海の経営正常化に挑むことになった経緯をお話しします。
関門海との出会い

ある日、谷間先生から一本の連絡が入りました。
「玄品ふぐ(現在:玄品)」というふぐ料理の専門店を全国展開している、株式会社関門海という上場企業の件で、谷間先生もその経営に携わっておられました。創業者の「美味しいものを、リーズナブルに食べていただきたい」という想いとこだわりが料理にもしっかり反映されており、玄品ふぐのふぐ料理には定評がありました。
ところが、上場直後に創業者が不慮の事故で突然亡くなられ、社内は大混乱に陥ってしまったのです。
残されたのは創業者の奥様と、まだ小さなお子さん3人だけ。創業者が急に亡くなるなんて、誰が想像できたでしょうか。
当然、残されたご家族は多額の(時価総額数百億の会社)相続税を支払わなければいけない状態でした。
また創業者が亡くなったあと、社内は混乱が続き、経営の正常化が急務の状態でした。
そんな中、谷間先生からご連絡をいただいたのです。
「田中さん、関門海がスポンサーになれたら、民事再生申請中の老舗で規模の大きい惣菜宅配会社の社長を受けてほしいんやけど…」
その話を聞いた瞬間は、正直唖然としました。
なぜなら、自分の決めた3つの条件に全て当てはまってしまっていたのですから…。
これまでの自分の経営経験、フランチャイズの知見、上場企業での経験が活かせる仕事である。それに、従業員やその家族、債権者の人生がかかっている、社会貢献度の高い仕事である。
そして、谷間先生からの直々のお願いである。
「3つの条件が揃えば引き受ける、それは自分で決めたこと。これはやらなあかん。天のお導きや」
そう腹を括り、社長を引き受けることに決めました。
約10年間、経営正常化に必死で取り組んだ
私は民事再生中の惣菜宅配会社の社長を引き受け、まずは事業の立て直しに取り組みました。
同時に、同じ業種の別の会社をM&Aで買収。2社を並行で運営した後、1社に合併し、「株式会社トドクック」という会社を設立しました。「届く」と「クッキング」を合わせた社名です。
その後、トドクックを大手スーパーマーケットのグループに売却し、事業立て直しの最初のミッションを完了させました。
その後、関門海グループの回転寿司事業の社長を任せていただき、高速道路のサービスエリアを運営する会社の社長も務めました。
同時に関門海本体の役員も兼任するようになり、再生・M&A・合併と、「他の人の何周分の人生を生きているような感覚に陥る」ほど、短期間で様々な経営経験をさせていただきました。
その頃、創業者が急逝した後の関門海では、まだまだ混乱が続いていたため、加えて関門海の社長を引き受けることになりました。
アンビシャスを離れた後、「ちょっとゆっくりしたいな」と思っていたはずなのに、神様はなかなかゆっくりさせてくれません(笑)。
「まだまだおまえは経験を積め」ということなんだな、と腹を括り、関門海の代表取締役社長として、経営再建の指揮を執ることになりました。
2011年のことでした。
ーーこうして関門海の社長として、約10年に及ぶ経営再建が始まりました。
次回は、未経験の飲食業界で「外様」として奮闘した日々と、創業家にバトンを渡すまでをお話しします。