前回は、谷間先生からの連絡をきっかけに、関門海の社長を引き受ける決断をするまでをお話ししました。
今回は、未経験の飲食業界で「外様」としてスタートした経営再建の日々と、約10年をかけて創業家にバトンを渡すまでをお話しします。
創業家に経営のバトンを渡す一心で

飲食業界は未経験。社内からは「あの人は一体何者なんだ?」という完全に外様からのスタートでした。
当時の関門海は、銀行への説明責任や資金繰り等、まさに信頼回復に七転八倒する状態でした。
売上を安定的に上げようにも、天候に左右される業態。
不安とプレッシャーのあまり、夜中にうなされて目覚めてしまうことも日常茶飯事でした。ストレスで暴飲暴食をしてしまい、体重が20キロ以上増えてしまったほどです。
そんな大変な日々を過ごす中でも、私のミッションは明確でした。
「私の役割は、会社の信頼回復に努め、創業家に経営のバトンを渡すこと」
私は「社長」という地位や役員報酬に、まったく執着がありません。実際、関門海の経営危機の時期には、報酬を一切受け取らないこともありました。
債権者、株主、従業員を安心させること。
上場を維持すること。
そして、創業家に経営のバトンを渡すこと。
ただひたすらに、そのことだけを考えて経営を続けていました。
ミッション完遂、そして次なる道へ
約10年かけて関門海の経営を立て直した後、私は創業者の奥様に経営のバトンをお渡ししました。
退任の際、社内や関係者の方々から「田中さん、ずっと関門海に残ってください」と温かいお声をいただきましたが、私は辞退いたしました。
果たすべき役割をやり遂げた以上、留まり続けるのは自分の美学に反するからです。
実はこの時期、お世話になった方に「なぜこれほどまでに私を評価してくださるのですか?」と尋ねたことがあります。
その方はこう答えてくださいました。
「私は、田中さんの生き様、考え方、あり方、そして日々の行動をずっと間近で見てきました。田中さんはいつだって、自分ではなく会社のため、従業員のために動いてこられた。その姿を見てきたからこそ、私は田中さんのことを心から信頼しているんですよ」
この言葉をいただいたときは、とても嬉しかったですね。
自分がやってきたことを、ちゃんと見てくれている人がいた。これまでのことが、すーっと報われていくような感覚でした。
こうして、関門海で出会えたすべての方々に心から感謝しつつ、約10年間にわたる経営再建は無事にひと区切りを迎えることができました。
ーー関門海でのミッションを無事に果たし、創業家へバトンを渡した私。正直、「少し休みたいな」と思いながらも、再び新たな挑戦へ向かうことになります。
次回は、関門海退任後、あるホールディングス会社の創業者と出会い、その会社へ参画するまでのお話をお届けします。